早く相談することと、今すぐ財産を動かすことは別の話
「相続対策は、何歳ごろから始めればよいですか。」
このような質問に対して、税理士から
「まだ早いので、何もしなくて大丈夫です」と言われることは多くありません。
ただし、これは税理士が早く贈与を始めさせたいからでも、
相続対策の商品を勧めたいからでもありません。
相続対策には、財産を贈与する、不動産を購入する、生命保険へ加入するといった
実行だけでなく、現在の財産を把握し、将来起こりそうな問題を整理する作業も含まれます。
早い段階の相談で必要なのは、必ずしも財産を動かすことではありません。
まずは、現状のまま相続が起きたら何が起こるのかを確認することです。
税金が発生するのか。
誰がどの財産を引き継ぐのか。
相続税を払うための現金は足りるのか。
会社の株式は誰が持つべきなのか。
こうした点を確認した結果、「今は何もしない」という結論になることもあります。
それでも、何も分からないまま先送りするのと、
状況を確認したうえで待つのとでは大きな違いがあります。
相続対策は財産を減らすことから始めるものではない
相続対策という言葉を聞くと、
子どもへの贈与や不動産の購入などを思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、最初から財産を移したり、何かを購入したりする必要はありません。
最初に行うべきなのは、現在の財産と家族の状況を整理することです。
預金や不動産だけでなく、生命保険、会社の株式、会社へ貸しているお金なども確認します。
会社経営者の場合、個人の通帳だけを見ても財産の全体像は分かりません。
会社へ貸したままのお金は、会社から返してもらう権利として社長個人の財産になります。
自社株式についても、自由に売却できないからといって、
相続税の計算上の価値がないわけではありません。
会社に利益や財産が積み上がっていれば、
社長が想像している以上の金額になる可能性があります。
現状を整理した結果、相続税がほとんどかからず、
財産の分け方にも問題がなければ、積極的な対策は必要ないかもしれません。
反対に、見た目以上に自社株式の価値が高かったり、
財産の大部分が売却しにくい不動産だったりすれば、
早めに検討すべき課題が見つかります。
税理士が「まだ早い」と言わないのは、年齢だけでは対策の必要性を判断できないからです。
早い相談の目的は、将来の税額を当てることではない
将来の相続税額を、何十年も前から正確に予測することはできません。
会社の業績、不動産の価値、家族構成、税制などが変わる可能性があるためです。
だからといって、早く相談する意味がないわけではありません。
早い段階では、正確な税額を確定するのではなく、
現在の財産を基にしたおおよその金額を確認します。
そのうえで、どの財産が相続税を押し上げているのか、
誰にどの程度の負担が生じそうなのかを把握します。
例えば、社長の財産が預金を中心に構成されていれば、
相続税を払うためのお金は比較的確保しやすいでしょう。
一方、財産の多くが自社株式や不動産であれば、
相続税の計算上は高い価値が付くのに、
税金を払うための現金が足りないという問題が起こり得ます。
この違いは、財産の総額だけを見ても分かりません。
何を持っているかまで確認する必要があります。
早い相談の価値は、将来の相続税を一円単位で当てることではなく、
現在の財産にどのような弱点があるかを知ることにあります。
対策に使える時間が長いほど無理をしなくて済む
相続対策を直前に始めると、限られた期間で結論を出さなければなりません。
相続税を減らすことだけを優先し、
多額の財産を急いで動かしてしまうことも考えられます。
早く相談しておけば、一度に大きな対策を行うのではなく、
状況を見ながら少しずつ進められます。
例えば、子どもへ財産を渡す場合でも、
社長自身の生活に必要なお金を確認しながら金額を決められます。
会社の株式を後継者へ渡す場合も、経営を引き継ぐ準備と合わせて時期を考えられます。
現在の制度では、亡くなる前に行われた一定期間の贈与が、
相続税の計算へ加え直されることがあります。
2024年1月1日以後に行われた贈与については対象期間が段階的に延び、
2031年以後に始まる相続では、原則として亡くなる前7年以内の贈与が確認の対象になります。
そのため、相続が近くなってから贈与を始めても、
期待したほど相続税が減らない場合があります。
もちろん、早ければ何でも有利という意味ではありません。
必要以上に財産を渡せば、社長自身の生活や会社の資金繰りに影響します。
時間に余裕があれば、毎年の状況を確認しながら、実行するか、見送るかを判断できます。
早く相談する最大の利点は、大きな決断を急がなくて済むことです。
家族の状況が変わる前に考えを整理できる
相続対策では、税金の計算だけでなく、誰にどの財産を渡すかを考える必要があります。
しかし、家族の考えは必ずしも一致しているとは限りません。
会社を長男に継がせたいと社長が考えていても、
本人が経営を希望していないかもしれません。
後継者へ自社株式を集中させることについて、
他の子どもが不公平だと感じる可能性もあります。
自宅を誰が取得するのか、親の生活を誰が支えるのかといった問題もあります。
相続が近づいてから初めて話し合うと、
税金の申告期限や会社の経営を気にしながら、
短期間で結論を出さなければなりません。
社長本人の判断力や体調が低下した後では、
考えを十分に確認できないこともあります。
早い段階で相談すれば、すぐに家族会議を開かなくても、
どのような話し合いが必要になるかを整理できます。
税理士との相談を通じて、税金の問題よりも先に、
後継者が決まっていないことや、財産の分け方に偏りがあることへ気付くケースもあります。
早く相談する目的は、家族へ一方的に結論を伝えることではありません。
将来どのような点で意見が分かれそうかを知り、話し合うための時間を確保することです。
会社の株式は相続直前だけで考えにくい
会社員の家庭と比べて、社長の相続対策は早い段階から考える意味が大きくなります。
理由の一つが、自社株式です。
会社が利益を積み上げ、預金や不動産などの財産が増えると、
自社株式の価値も高くなることがあります。
その一方で、自社株式は預金のように分けやすい財産ではありません。
会社を安定して経営するためには、後継者へ株式を集めた方がよい場合があります。
しかし、後継者だけが高額な株式を受け取り、他の子どもへ渡す財産が少なければ、
家族間の調整が必要になります。
また、株式を贈与するのか、相続まで社長が持ち続けるのか、
後継者が買い取るのかによっても、必要な資金や税金が変わります。
中小企業庁も、経営や資産を後継者へ引き継ぐには時間がかかるため、
早めに準備へ着手することが重要だと案内しています。
自社株式の問題は、相続税だけを計算すれば解決するものではありません。
後継者の意思、経営を引き継ぐ時期、他の家族への財産、会社の資金状況を
合わせて考える必要があります。
そのため、税理士は「社長がまだ元気だから早い」とは判断しにくいのです。
むしろ、社長自身が会社の将来を決められる時期に、一度整理しておく意味があります。
税金を軽くする仕組みは、使えるかどうかの確認が必要
相続税には、一定の条件を満たした場合に税負担を軽くできる仕組みがあります。
例えば、配偶者が財産を受け取った場合には、一定額まで税負担が軽くなる仕組みがあります。
亡くなった方が住んでいた自宅の土地や、事業に使っていた一定の土地についても、
相続税を計算するときの金額を下げられる場合があります。
ただし、制度が存在するからといって、すべての家庭が利用できるわけではありません。
誰が財産を受け取るのか。
相続後もその土地を保有するのか。
期限までに財産の分け方が決まっているのか。
必要な申告を行うのか。
こうした条件によって結果が変わります。
相続が発生してから確認したところ、
想定していた仕組みを利用できないと分かれば、
財産の分け方や納税資金へ影響します。
早く相談したからといって、
将来の制度が必ず使えると保証されるわけではありません。
それでも、どのような条件が問題になりそうかを事前に知っておけば、
誤った前提で対策を進めることを防げます。
税理士が早い相談を否定しないのは、節税方法をすぐ決めるためではなく、
将来利用できると思っている仕組みに思い違いがないかを確認するためでもあります。
「何もしない方がよい」という結論も相続対策になる
税理士へ相談すると、何か対策を勧められると思う方もいるでしょう。
しかし、現在の財産や家族の状況によっては、
積極的に財産を動かさない方がよい場合もあります。
相続税がほとんど発生しないのであれば、
税金を減らすために費用をかける必要はありません。
社長の生活資金に余裕がなければ、子どもへの贈与を急ぐべきではないでしょう。
後継者が決まっていなければ、自社株式を渡す相手を先に決めることはできません。
不動産を購入すれば相続税の計算上は有利になっても、
借入金の返済や管理の負担が家族へ残る可能性があります。
現在の状況を確認した結果、
「今は財産を動かさない。」
「遺言書だけを準備する。」
「数年後にもう一度株式の価値を確認する。」
という結論になることもあります。
これらも立派な相続対策です。
相続対策とは、必ず何かを購入したり、財産を贈与したりすることではありません。
問題が起こる可能性を確認し、必要な時期まで待つことも含まれます。
「まだ実行しなくてよい」と「まだ相談しなくてよい」は別の判断です。
一度相談したら計画を固定する必要はない
早く相談すると、
その時点で将来の財産の分け方まで決めなければならないと思うかもしれません。
しかし、相続対策は一度決めたら変更できない計画ではありません。
会社の業績が変わる。
不動産を売却する。
家族が結婚する。
後継者候補が変わる。
社長自身の生活に必要なお金が増える。
こうした変化があれば、対策も見直す必要があります。
早い段階では大まかな方向性を整理し、
その後は数年ごとや大きな変化があったときに確認する方法でも構いません。
例えば、最初の相談では財産の一覧を作り、相続税が発生しそうかを確認します。
次に、会社の株式や不動産など、特に金額が大きい財産を詳しく調べます。
問題がなければ、すぐに対策を実行せず、定期的に状況を見ることもできます。
税理士が「早く相談してください」と考えるのは、
早く契約や贈与を決めてほしいからではありません。
状況が変わったときに、選べる方法がなくなる前に見直せる状態をつくるためです。
早めに相談した方がよい社長の特徴
すべての人が、今すぐ詳しい相続税の計算を行う必要はありません。
ただし、次のような状況がある場合は、一度現状を確認しておく意味があります。
・会社の株式を多く持っている
・会社へ個人のお金を貸したままになっている
・不動産を複数所有している
・子どもによって受け継がせたい財産が異なる
・会社を継ぐ人が決まっている、または候補が複数いる
・すでに子どもや孫へ贈与を行っている
・財産の多くが不動産や自社株式で、現金が少ない
これらに該当しても、必ず多額の相続税が発生するわけではありません。
しかし、相続税、財産の分け方、納税資金、事業承継の問題が重なりやすくなります。
特に会社経営者の場合、社長個人の相続が会社の経営へ直接影響する可能性があります。
相続対策を始める年齢を一律に決めるのではなく、
持っている財産と会社の状況から相談時期を考えることが大切です。
税理士へ相談するときに決めておく必要はない
初めて相談するときに、財産を誰へ渡すかまで決めておく必要はありません。
「会社は子どもに継いでほしいが、本人の意思はまだ確認していない。」
「不動産を残すべきか、売却すべきか迷っている。」
「相続税がかかるかどうかも分からない。」
この段階でも相談できます。
最初の相談で必要なのは、完成した計画ではありません。
現在分かる範囲で、どのような財産があるかを確認できる資料があれば、
状況を整理しやすくなります。
預金や証券会社の残高。
不動産の固定資産税に関する書類。
生命保険の内容が分かる書類。
会社の決算書。
会社の株主が分かる資料。
過去に贈与をした場合は、その時期と金額。
すべてが揃っていなくても、分かる範囲から始められます。
早く相談する意味は、その場で答えを出すことではありません。
何が分かっていて、何が分かっていないのかを整理することにあります。
まとめ
税理士が相続対策について「まだ早い」と簡単に言わないのは、
早く財産を動かした方がよいからではありません。
相続対策の必要性は、年齢だけでは判断できないからです。
若くても、自社株式や不動産を多く持ち、
会社へ多額のお金を貸している社長であれば、
早めに確認した方がよい課題があります。
反対に、高齢であっても財産の内容が単純で、
相続税や財産の分け方に問題がなければ、
大がかりな対策は必要ないかもしれません。
早い段階の相談で行うのは、主に現状の確認です。
どのような財産があるのか。
このまま相続が起きたら税金はいくらになりそうか。
誰がどの財産を受け取るのか。
税金を払うための現金は足りるのか。
会社の経営へ影響しないか。
これらを整理した結果、今は何もしないという判断になることもあります。
それでも、問題を把握したうえで待つことができます。
早く相談することと、早く対策を実行することは同じではありません。
相続対策が早過ぎるのではなく、状況を知らないまま時間が過ぎることに注意が必要です。
一度現状を確認し、必要がなければ待つ。
状況が変わったら、あらためて見直す。
この進め方であれば、社長自身の生活や会社の資金を守りながら、
将来の選択肢も残せます。


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