税金は減っても、会社や家族に負担を残しては意味がない
会社を経営している社長の相続財産には、預貯金や不動産だけでなく、
会社の株式や会社へ貸しているお金が含まれることがあります。
会社の業績が良く、多くの財産が社内に残っていると
社長が所有する株式の価値も高くなります。
その結果、社長が亡くなった後に、後継者や家族へ大きな相続税が発生するかもしれません。
そこで検討されるのが、相続税対策です。
「相続税対策」の目的は、将来発生する相続税を適正な範囲で減らすことです。
これに対して、相続対策は、相続税だけでなく、財産の分け方、
税金を払うためのお金、事業承継、家族間の調整まで含めた、
より広い取り組みを指します。
相続税を減らすこと自体は悪くありません。
ただし、税金を減らすために会社のお金を減らし過ぎたり、
社長自身の生活資金を失ったりすれば、相続全体では良い結果になりません。
大切なのは、相続税を減らすことだけを考えるのではなく、
対策後に会社と家族へ何が残るのかまで確認することです。
今回は、社長が避けたい相続税対策を5つ解説します。
① 「毎年110万円以下なら安心」と考えて贈与を続ける
子どもや孫へ毎年お金を渡す生前贈与は、将来の相続財産を減らす方法の一つです。
贈与税には、1月1日から12月31日までの1年間に受け取った財産から、
原則として110万円を差し引いて税金を計算する仕組みがあります。
この110万円を、贈与税の基礎控除といいます。
平たくいえば、1年間に受け取った贈与の合計が110万円以下であれば、
原則として贈与税はかからないという仕組みです。
ただし、「毎年110万円以下にすれば、必ず相続税も減る」とは限りません。
例えば、その年ごとに贈与するかどうかを決め、毎年あらためて贈与しているのであれば、
それぞれの年の贈与として扱われます。
一方、最初から「10年間にわたり毎年100万円を渡す」と約束していた場合は、
10年分のお金を受け取る権利を最初に渡したものとして、税金が計算される可能性があります。
同じ金額を同じ日に渡しただけで、直ちに問題になるわけではありません。
重要なのは、最初から複数年分の贈与を約束していたのか、
それとも毎年別々に贈与を決めていたのかという実態です。
また、贈与税がかからなかった財産でも、社長が亡くなる前の一定期間に贈与したものは、
相続税を計算するときに相続財産へ加え直されることがあります。
この対象期間は段階的に延長されており、2031年1月1日以後に相続が始まる場合は、
原則として亡くなる前7年以内の贈与が対象になります。
年間110万円以下の贈与も、対象期間内であれば加え直されることがあります。
そのため、「毎年110万円を渡せば対策は終わり」と考えるのは危険です。
贈与する相手、金額、開始時期、社長の手元に残すお金をまとめて検討する必要があります。
生前贈与を続けた結果、社長自身の生活費や、会社を支援するためのお金が
不足しては本末転倒です。
② 「赤字会社だから株式に価値はない」と決めつける
上場していない中小企業の株式を、非上場株式といいます。
証券取引所で売買されている株式とは異なり、新聞やインターネットを見ても、
その日の株価は表示されません。
そのため、社長自身も自社の株式がいくらなのか分からないケースがあります。
特に注意したいのが、
「会社は赤字だから、株式の価値も低いはずだ。」
という思い込みです。
相続税を計算するときの自社株式の価値は、直近の利益だけで決まりません。
会社の規模や株主の状況に応じて、利益、配当、会社に残っている財産などを使って
計算します。
会社が現預金、不動産、有価証券などを多く持っていれば、一時的に赤字であっても
株式の価値が高くなることがあります。
例えば、会社の帳簿上では取得時の価格で記録されている土地が、
その後大きく値上がりしていることもあります。
このような場合には、帳簿だけを見ていると、株式の価値を実際より
低く考えてしまうかもしれません。
自社株式の価値を確認しないまま、現金や不動産の対策だけを進めても、
相続財産の中で大きな割合を占める株式がそのまま残る可能性があります。
その状態で相続が発生すれば、後継者は自由に売却しにくい自社株式を相続しながら、
多額の相続税を負担することになります。
相続税対策の最初に行うべきなのは、節税商品を探すことではありません。
預貯金、不動産、自社株式、会社への貸付金などを一覧にし、
何も対策をしなかった場合の相続税額を確認することです。
現状が分からなければ、どの財産から対策すべきかも判断できません。
③ 株式の価値を下げるためだけに会社のお金を使う
会社の利益や財産が増えると、自社株式の価値が高くなる場合があります。
そこで、
「会社のお金を使えば、株式の価値を下げられるのではないか。」
と考える社長もいるでしょう。
しかし、必要性の低い設備を購入したり、目的の曖昧な契約を結んだりすることは、
適切な相続税対策とは言えません。
会社から1,000万円が出ていったとしても、社長個人の相続税が
1,000万円減るわけではありません。
会社の支出によって株式の価値が下がることはありますが、実際に減る相続税は、
その株価の変化と税率を基に計算した一部分です。
税金を減らすために、それ以上の会社資金を失ってしまえば、
会社全体では損をすることになります。
また、会社の現金を減らし過ぎると、売上が落ちたときの運転資金や、
新しい設備へ投資するためのお金が不足します。
会社を引き継いだ後継者が、資金繰りに苦しむかもしれません。
自社株式の価値を適正な範囲で抑えることは、
相続税対策として検討すべき論点です。
ただし、株式の価値を下げることと、会社の価値を壊すことは違います。
その支出が会社の成長や経営の安定に必要なのかを先に判断し、
株価への影響はその後に確認するのが正しい順序です。
税金を減らすための支出ではなく、会社に必要な支出を行った結果として
株価にも影響するという考え方が重要になります。
④ 事業承継税制を「相続税がなくなる制度」と考える
自社株式の相続税負担が大きい場合、事業承継税制という制度を検討することがあります。
「事業承継税制」とは、一定の条件を満たした会社の株式を後継者が引き継いだ場合に、
その株式にかかる贈与税や相続税の支払いを先送りできる制度です。
このように税金の支払いを先送りすることを、納税猶予といいます。
条件を満たし続けたうえで一定の事情が生じると、
猶予されていた税金が免除される場合もあります。
ただし、制度を利用した時点で、無条件に税金が消えるわけではありません。
制度の利用後には、後継者が会社経営を続けていることなどを確認するため、
定期的な書類提出が必要になります。
株式を売却したり、制度の条件を満たせなくなったりすると、
先送りされていた税金の支払いが必要になる場合があります。
会社の将来によっては、後継者が引き継いだ後に第三者へ会社を
売却する可能性もあるでしょう。
事業を縮小したり、廃業を検討したりすることも考えられます。
制度を利用するかどうかは、現在の相続税額だけではなく、
今後どのような会社にしたいのかまで含めて判断しなければなりません。
「利用すれば税金がゼロになる」という説明だけで決めるのではなく、
利用後に必要な手続きや、将来方針を変えた場合の影響まで確認することが大切です。
制度を利用できることと、その会社が利用すべきことは同じではありません。
⑤ 財産の評価を下げることばかり考え、現金を残さない
相続税対策では、現金を不動産などの別の財産へ変える方法が検討されることがあります。
現金は、原則として残高そのものが相続税を計算するときの価値になります。
一方、不動産などは、実際に購入した金額とは異なる方法で価値を計算するため、
現金で持っている場合よりも相続税の計算上の金額が低くなることがあります。
しかし、財産の評価額が下がることだけを見て資産を組み替えると、
相続税を払うための現金が不足するかもしれません。
相続税は、原則として現金でまとめて納めます。
一定の条件を満たせば分割払いや財産そのもので納める方法もありますが、
自由に選べるものではなく、税務署への申請と許可が必要です。
特に自社株式は、相続税を計算するときには高い価値が付いても、
すぐに第三者へ売却できるとは限りません。
後継者が高額な自社株式を相続した一方で、現金をほとんど受け取れなければ、
自分の預金から相続税を払う必要が生じます。
金融機関から借り入れて納税するケースも考えられます。
不動産についても、購入した後に空室が続けば、
修繕費や借入金の返済が家族の負担になります。
相続税の計算上は有利でも、実際のお金が減り続ける財産を残しては、
良い対策とは言えません。
対策を行うときは、
「相続税がいくら減るか。」
だけではなく、
「相続後に現金がいくら残るか。」
まで確認することが重要です。
相続税を減らす対策と、相続税を払うためのお金を確保する準備は、
必ずセットで考える必要があります。
相続税対策は相続対策の一部として考える
相続税対策の目的は、相続税を減らすことです。
そのため、税金を減らすこと自体を否定する必要はありません。
ただし、相続税が最も少なくなる方法と、会社や家族にとって最も良い方法が
一致するとは限りません。
例えば、自社株式を後継者へ集めれば、会社の経営権を安定させやすくなります。
一方で、後継者以外の子どもが受け取る財産が少なければ、不公平感が生じるかもしれません。
反対に、財産を公平に分けることを優先して自社株式まで均等に分けると、
会社の意思決定に複数の家族が関わる状態になります。
また、相続税を減らすために現金を不動産へ変え過ぎれば、
税金を払うためのお金が不足します。
つまり、相続税対策は単独で考えるものではありません。
財産を誰へ渡すのか。
会社を誰に継がせるのか。
相続税をどのお金で払うのか。
家族にどのように説明するのか。
これらを含む相続対策の中へ、相続税対策を組み込む必要があります。
そのうえで、会社や家族へ大きな問題を残さず、相続税も適正に減らせる方法を選ぶことが、
社長にとって望ましい相続税対策です。
まとめ
社長が避けるべきなのは、相続税を減らそうとすることではありません。
問題になるのは、減少する税額だけを見て、対策によって失うお金や生じる負担を
確認しないことです。
今回紹介したのは、次の5つです。
・毎年110万円以下なら安心と考えて贈与を続ける
・赤字会社だから自社株式に価値はないと決めつける
・株式の価値を下げるためだけに会社のお金を使う
・事業承継税制を無条件に税金がなくなる制度だと考える
・財産の評価を下げることばかり考えて現金を残さない
相続税対策を始めるときは、まず現在の財産を整理し、自社株式の価値と、
何もしなかった場合の相続税額を確認します。
そのうえで、対策によって相続税がいくら減るのかだけでなく、
社長の手元、会社、後継者にいくら残るのかを比較することが大切です。
税金を減らしながら、会社と家族にも無理を残さない。
この二つを両立させることが、経営者に求められる相続税対策です。
※税制は改正されることがあります。
実際に贈与や株式の承継を行う際は、最新の制度と個別の状況を確認したうえで
判断してください。


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