支給時期は「株を渡す前か後か」だけでは決められない

事業承継を進めるとき、先代社長の退職金をいつ支払うかについて。

・自社株を後継者へ渡す前
・社長交代と同時
・会長などとして一定期間残った後

支給時期によって、会社の資金繰り、自社株の価値、先代社長の生活資金が変わってきます。

ただし、「株価を下げたいから承継前」「先代が会社に残るから承継後」と
単純に決められるものではありません。

最初に確認しておきたいのは、先代社長がいつ実質的に経営から退くのかです。

その時期を決めたうえで、会社が退職金を支払える状態なのか、
自社株の承継時期とどう組み合わせるかを考えていきます。

承継前に払うなら、本当に退職するのかが肝

自社株を後継者へ渡す前に退職金を支給することは可能です。

例えば、先代社長が代表を退き、経営を後継者へ任せた後に退職金を受け取り、
その後に自社株を移す流れです。

この場合に重要なのは、肩書だけを変更して退職金を支給しないことです。

代表取締役から会長へ変わっても、引き続き会社の重要な経営判断を行い、
以前とほとんど同じ立場で会社を動かしているのであれば、
実態として退職したとは言いにくくなります。

反対に、代表権を外し、業務への関与を大幅に減らすなど、
役割や立場が大きく変わっていれば、役員として残っていても
退職金として処理できる場合があります。

したがって、承継前に払うかどうかを考える前に、

退職金を支払う時点で、先代社長の仕事と権限が実際にどう変わるのか

を整理しておかなければなりません。

承継前に支給すると会社のお金が減る

当然ですが、退職金を支給すれば、その分だけ会社から現金が出ていきます。

これは先代社長にとっては生活資金になりますが、会社にとっては大きな資金流出です。

そのため、退職金を支給できるだけの預金が会社にあっても、
それだけで支給できるとは限りません。

支給後も、仕入れ、給与、税金、借入金返済、設備投資などに必要な資金を
残しておく必要があります。

退職金の支給額を決めるときは、現在の預金残高ではなく、
支給後の会社にどれだけ資金を残す必要があるかを確認することが重要です。

特に後継者が社長に就任した直後は、新しい投資や借入れが必要になる可能性があります。

退職金によって会社の資金余力を削り過ぎると、
後継者へ会社を渡した直後から資金繰りが厳しくなってしまいます。

退職金を先に払うと自社株にも影響する

退職金を支給すると、会社の財産や利益が減るため、
自社株の価値にも影響があります。

そのため、先代社長へ退職金を支給してから自社株を後継者へ移すことを
検討しておくことがおすすめです。

ただし、目的を逆にしないようにしましょう。

「株価を下げたいから退職金を払う」のではなく、

社長が退職するため退職金を支給し、その結果として株価が下がる

という順番です。

本来必要のない退職金を株価対策だけで支給したり、
会社に必要な資金まで外へ出したりすれば、
後継者へ残す会社そのものがやせ細ってしまいます。

自社株への影響は支給時期を考える材料の一つですが、
それだけで決めるものではありません。

先代が会社に残るなら退任時に支給

代表を後継者へ交代しても、先代社長が引き続き設備投資、人事、資金調達などの
重要な経営判断に関わるのであれば、実質的に経営から退いたとは言いにくい状態です。

この段階で、社長を交代したという理由だけでの役員退職金の支給は
慎重な判断が必要です。

一方、代表権を外し、日常の経営判断を後継者へ移し、
先代社長の関与も助言程度まで縮小するなど、
地位や仕事の内容が大きく変わった場合は、
役員として残っていても実質的な退職と認められる余地があります。

つまり、判断基準になるのは「社長から会長になったか」ではありません。

退職金を支給する時点で、先代社長が実際にどこまで経営から離れているかです。

承継後まで待つデメリットもある

退職金を後から支給すればよいとも限りません。

1番の問題は、後継者に後退した直後の会社から大きな現金が出ていくことです。

後継者へ経営を移した後、後継者が設備投資や採用を進めていれば、
社長交代時より会社の資金需要が増えるでしょう。

後継者からすると、自分が経営計画を立てている途中で、
先代社長への大きな支払いが発生することになります。

そのため、承継後に支払う場合は、

いつ、いくら支払う予定なのかを承継前から後継者と共有しておくことが重要です。

退職金を承継後に支給する場合でも、支給額と予定時期は承継前に決めておく必要があります。
そうすることで、後継者も将来の資金流出を織り込んで、
設備投資や借入返済などの資金計画を立てられます。

退職金を計上する年度は利益が大幅に減る

役員退職金は会社にとって大きな費用になるため、
どの年度で計上するかによって会社の利益は大きく変わります。

適正な役員退職金であれば会社の費用にできますが、
不相当に高い部分は費用として認められません。

また、税務上は、原則として株主総会などで退職金の金額が
具体的に決まった年度に費用となります。

実際に支払った年度に費用として処理した場合は、
その年度に計上することも認められています。

そのため、先代社長が経営から退く時期だけでなく、
退職金の金額をいつ決定し、いつ支払うのかも会社の利益に影響します。

ただし、利益を減らしたい年度に合わせて退職金の時期を決めると目的を見失います。

まず、先代社長が実質的に経営から退く時期を決め、
そのうえで、会社の資金繰りや業績、自社株の承継時期を踏まえ、
退職金をいつ支給するかの順番で検討するのがよいでしょう。

後から支給するなら、金額と時期は先に決めておく

先代社長が承継後もしばらく経営に関わるのであれば、
退職金の支給が社長交代より後になる場合があります。

ただし、実際に支払うのが数年後だからといって、
金額や支給時期までそのときに考え始めるのは避けたいところです。

例えば、2年後に先代社長が経営から離れ、その時点で退職金を支給する予定なら、
その予定は承継前から後継者と共有しておきます。

後継者にとって、退職金は将来会社から出ていく大きな資金です。

あらかじめ支給時期とおおよその金額が分かっていれば、
その支払いを織り込んで設備投資、借入金返済、採用などの資金計画を立てられます。

反対に、後継者へ経営を移した後で突然大きな退職金を支給することになれば、
承継後の資金計画に支障を来す原因になります。

支給を後にする場合でも、将来の支払いは承継前から会社の資金計画に入れておきましょう。

退職金と自社株の移転はセットで

先代社長の退職金と自社株の承継は、別々に決めない方がよいでしょう。

退職金を支給すると会社の現金が減り、利益も変わるため、
自社株の価値に影響する可能性が高いです。

一方、自社株を後継者へ移した後に多額の退職金を支給すれば、
後継者が引き継いだ会社から大きな資金が流出します。

そのため、

・先代社長がいつ経営から退くのか
・退職金をいつ支給するのか
・自社株をいつ後継者へ移すのか

この3つを同じ時間軸で考える必要があります。

例えば、先代社長が社長交代と同時に実質的に経営から退くのであれば、
退職金の支給と株式移転を同じ時期に進める方法が選択肢に挙がります。

反対に、社長交代後もしばらく重要な経営判断に関わるのであれば、
退職金は実質的に経営から退いたといえる時点まで支給を待つ必要があります。

一方、自社株については、その時点まで移転を待つ必要があるとは限りません。
後継者へどこまで経営権を移すのかに応じて、
退職金の支給前から段階的に株を移す方法を検討しましょう。

要するに、
退職金は「実質的に退職した時点」が基準、
自社株は「経営権をいつ後継者へ移すか」が基準となるわけです。

支給時期の決定はこの順番で

退職金を承継前に払うか、承継後に払うかで迷ったら、
最初から二択で考える必要はありません。

まず確認するのは、先代社長がいつ実質的に経営から退くのかです。

次に、その時点で会社から退職金を支給しても、
承継後の経営に必要な資金を十分に残せるかを確認しましょう。

そのうえで、自社株をいつ後継者へ移すのかを合わせて検討です。

順番にすると、

1.先代社長が経営から退く時期
2.退職金支給後に会社へ残す資金
3.退職金の支給時期
4.自社株を移す時期

となります。

この順番であれば、「株価を下げたいから先に退職金を払う」
「社長を交代したからすぐ退職金を払う」といった決め方にならず、
後から問題が発生する確率を下げられます。

退職金の支給時期を単独で決めるのではなく、事業承継全体の流れの中で決めることを意識しましょう。

まとめ

先代社長の退職金を承継前に払うべきか、承継後に払うべきかに一律の答えはありません。

判断の起点になるのは、先代社長がいつ実質的に経営から退くのかです。

社長交代と同時に経営から離れるのであれば、その時期に退職金を支給してよいでしょう。

一方、社長交代後も重要な経営判断に関わるのであれば、
社長という肩書を外れただけで退職金を支給するのではなく、
実際の役割や権限が大きく変わった時点で支給を検討することになります。

また、退職金を後から支給する場合でも、
その金額と予定時期は承継前から後継者と共有しておく必要があります。

退職金を支給すれば会社の資金や利益が変わり、
自社株にも影響する可能性があるため、株式の承継とも切り離せません。

いつ退職金を払うかを先に決めるのではなく、
先代社長がいつ経営から退き、その時点で会社にどれだけの資金を
残す必要があるのかを先に決める。

そのうえで退職金と自社株の移転時期を組み合わせることによって、
事業承継全体を整理しながら進めることができます。